千葉県柏市は11日震度5の揺れを観測し
東北各県や茨城県ほどの被害こそなかったものの
未曾有の震災直後の日本社会の様相を記録しておかなくてはと
ものかきの性のようなものにつき動かされてシャッターをきりました。

14日AM6:00ごろ。日の出。

朝の訪れ。動きだす街。

瓦が破損した屋根。

コンビニ店内。お弁当コーナー。

おにぎりコーナー。飲料系は通常より空きがめだつ程度。

パンコーナー。商品はほとんど陳列されていない。

菓子類コーナーは品物が充填され変化はみられない。

酒類コーナー。一見通常どおりだが、コンビニ従業員の知人によると初日の大きな揺れで
酒瓶が何本も割れ、店内や倉庫の後片付けがたいへんだったとのこと。

飲料水コーナー。品数はあるがまばら。

生活用品コーナー。

消耗品が品薄ぎみ。

丸井新館前。

いつもの風景。

柏名物、三つ子カーネル人形(スーパー伊勢角2F)。三人揃って立っていた。

が、よく見るとむかって右のカーネルの眼鏡が…

フチが根元から折れ、なくなっている。壊れて落ちたのだろうか。

AM7:25。JR常磐線柏駅南口。

駅まで来るも運休で立ち往生する人々でごったがえす。

みな一様に改札口シャッターの張り紙を携帯のカメラで撮影、またはメモしていた。

張り紙。

線路。通勤ラッシュの時間帯に静まり返っている。

東武野田線 柏駅西口改札前。こちらもシャッターが降り

張り紙と立て看板が。

告知を確認して踵を返す男性。

AM8:00。JR柏駅東口。ロータリー上ペデストリアンデッキ。

警察官数人が出動し懸命に案内誘導。

デッキのあちこちで勤務先へ連絡する姿。

SKY PLAZA(ビックカメラ柏店)側から。駅東口(左下)と柏高島屋ステーションモール。

そごう柏店。当日営業したのかは不明。駅を挟んで向かい側の丸井VAT館は休館。

清掃員。やっと日常風景に遭遇し、安堵を覚える。

常磐線各駅停車(1番線、2番線)ホーム。誰もいない。

無人のホーム。

無人の待ち合い室。

空(から)のベンチ。AM8:25。平常時には混雑の時刻。

代わりにタクシー乗り場が長蛇の列。当時は流通の停滞によりガソリン不足が起きていたが
運行できたのだろうか。

ハウディモール(東口メイン通り)。ベンチに腰掛け途方にくれる会社員風男性。

丸井VAT館1Fのカフェは営業。

柏二番街商店街。開店準備。
左上電光掲示板には早朝からニュースが流れ、足をとめて見入る人もいた。

いつもどおり働く人々。徐々に街が活気づく。

長崎屋ドン・キホーテの熱帯魚。
停電による水槽装置の停止を心配していたが、生きていた。

同店主任(らしき方)の話によると停電時は蓄電で水槽を稼働させたとのこと。
よかった。

開店準備。並々ならぬ熱気。神経が張りつめる中、市民に日常を提供するぞという意気込
みで全員が一丸となっていた。主任らしき方に撮影許可を戴いた折同様の感想を伝えると
ピリピリした表情が一転し目元をほころばせた。高い社会貢献意欲に燃えた目をしていた。

ロック式駐輪場。一時開放。

柏神社。最初の揺れで石鳥居が破損。(2011.03.18.撮影)

鳥居の笠木、島木部分。貫はすでに運ばれたのか見当たらず。(2011.03.18.撮影)

クレーン車到着。

吊り上げは難航。

見守る狛犬、阿 [あ] (上) と

吽 [うん] (下) 。無傷。(2011.03.18.撮影)

結局持ち上がらず、後日移送。鳥居は柱と台石のみが残っている。(2011.03.18.撮影)
【追記 (2011.11.07.)】

後日神社を再び訪れると、鳥居は修復され元通りになっていました。
14日の撮影日から一週間後、
柏市を含む千葉県北西部の一部は
高汚染地域(ホットスポット)となりました。
MOX燃料を使用しているといわれる福島第一原発3号機の
爆発由来の放射性プルームが、3月20日から21日にかけて上空を通過した際、
周辺地域が強い雨などの悪天候だったことから、
放射性物質が集中的に降り注いだのではないかと考えられています。
当初除染活動等には消極的な姿勢をみせていた柏市役所ですが、
2011年9月13日には放射線対策室を設置するなど
現在では前向きな取り組みを開始しています。
→
柏市 放射線対策室 →
柏市 放射線関連情報のページ
写真撮影の許可と日本の進路を見守りくださるようお願いしてからカメラを向けると
まばゆい朝日がさしこみました。あたたかかったです。(2011.03.14.撮影)
私は青森県出身であり、柏市の地元民ではありません。
しかし青森県柏村(現 つがる市)と柏市は
国内で唯一の同名市町村であることから
姉妹都市として提携しているなど、なにやらご縁を感じます。
人情も自然も豊かで上野まで電車で30分と暮らしやすいこの街は
住み始めて10年経ち、今では第二の故郷と思うまでになりました。
柏市のことを思えば、それと同時に被災地や東北の現状、
そして日本の未来への想いと願いが喚起されます。
このエントリは2011年3月14日の
柏市のドキュメントのほんの一部分にすぎないわけですが
この国に起きたことと当時考えたことを
風化させないための記録でもあるのです。